関東地方の葬儀の風習:地域によってこんなに違う!

いなか裏話
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関東地方の特徴

関東地方は、茨木県・栃木県・群馬県・埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県の7県からなる地方です。

平安末期の関東地方は、中小の武士団が常に土地の支配権を巡って争っていました。長年続いた戦争により荒廃していたこの地は、小田原北条氏によって簡単に支配されてしまいます。しかし、朝廷の命を受けた豊臣秀吉により討伐され、その領地に入った徳川家康は、後に江戸幕府を樹立します。

その後、明治政府が誕生すると京都御所から江戸へ天皇が移り、東京は日本政府の本拠地となりました。

関東地方の葬儀の風習

一般的なお葬式とは

 

茨城県

一部地域では、神式と仏式の葬儀が混在している茨城県。静岡県のように、出棺の際には参列者に向けて「撒き銭」をする風習もあります。この撒き銭は、小銭を半紙にくるんだもので「拾うと故人と同じように長生きできる」「幸せになれる」とされています。

清めの塩にかつお節を混ぜるのも茨城県の特徴です。神道の葬儀では祭壇に食物をお供えする「神饌」というものがあり、そこには、かつお節もお供えされます。この神道の影響が交わったため、清めの塩とかつお節が用いられるようになったのでしょう。

栃木県

故人の衣服を、常に濡れた状態にしておく「七日ざらし」という風習があるのが栃木県。家の裏に北向きで、水をかけながら7日間、衣服を干します。七日ざらしの由来や意味は分かっていませんが、神道の考え方「穢れを清める」からきているのかもしれません。

出棺の際には、折った紙幣などを竿の先に付けて周りに振り撒く「花籠振り」を行い、お墓にはほた餅をぶら下げます。火葬場に着くと遺族や親族は、水の入ったコップを炉の前に掲げます。これは「水まわし」とよばれ、故人に対し「のどが乾かないように」という気遣いだといわれています。

群馬県

一般的に位牌は1故人に対し1つ用意しますが、群馬県の一部地域で残っている風習には「亡くなった人の子供の人数分だけ位牌を作る」というものがあります。つまり、子どもが3人いる人が亡くなったら、位牌は3つ。それぞれの家庭で祀ります。

また、棺の中に桑の枝を入れる地域もあるそうです。農村地帯では、告別式の後に一膳飯を参列者に回す「でがの飯(でわの飯)」という風習があります。一膳飯が回ってきたら、1本の箸で少しだけ手に取り食べる。または、食べる真似をすることで「皆で一緒に故人を見送る」という意識を共有します。

埼玉県

北部地域には、参列者に「金剛杖」を配る風習がある埼玉県。その金剛杖を持ち三角形の布を額に付け、いわゆる死装束になって故人を見送ります。

通夜の香典には、紅白の水引を用いた香典袋を使用する地域もあります。これは「入院中はお見舞いに行けず、すみませんでした」という気持ちを表したもの。遅くなりましたが、気持ちを受け取ってください。という「お見舞いの代わり」なのです。

千葉県

千葉県の一部地域では、ご高齢の方が亡くなった際に「長寿銭」というものを配って故人の長寿を祝います。長寿銭とは、5円玉に紅白のひもを通したものをポチ袋に入れたもの。持ち帰ると、故人と同じように長生きできるといわれています。

また「葬式組」があるところでは、喪主の代わりに式の準備やお寺との連絡、参列者の接待を行うことも。通夜で「念仏講」を行う地域もあるそうです。

市川近辺では、葬儀に向かうときも帰り道も「誰に声をかけられても返事をしてはいけない」という風習があります。

東京都

 

東京都はさまざまな地域の人が集まる都市なので、葬儀で独特な風習は行われていません。しかし、多摩地域では、逆さに置かれた臼に腰掛けながら清め塩をする「逆さ臼」などの風習が残っています。

人口が多いため火葬場数も多いのですが、人気のある斎場では1週間待っても葬儀が行えないことも。火葬場や斎場の順番待ちで、通夜の日程が決まることも珍しくないそうです。

神奈川県

東京都と同じように人口が多い神奈川県では、都市部を中心にスピーディーな弔いができる家族葬を希望する家庭が増えています。これは、近所付き合いの薄さや近くに親戚がいないことが関係している模様。それでも、葬儀場や火葬場は足りないので民営の火葬場があります。

大和市付近では、納棺の際にお豆腐を食べるそうです。納棺に立ち会った全員で酒を飲み、一丁のお豆腐を全員で食べます。「角が立たないように」と四角から塩を付けて食べ始めますが、残してはいけないルールがあるので、最後の人は苦労して食べるのだとか。

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